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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21108号 決定

債権者

荻原誠一

右代理人弁護士

高芝重徳

(他四名)

債務者

ゴールド・ハウス・インターナショナル株式会社

右代表者代表取締役

大野速雄

右代理人弁護士

渡邉修

吉澤貞男

山西克彦

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者は債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成一一年六月一日以降毎月二五日限り金五九万六五五八円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  本件は、債務者に雇用されていた債権者が、債務者に解雇されたとして、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの仮の確認及び賃金の仮払いを求める事案である。

二  前提となる事実

1  債務者は、昭和六三年一一月、貴金属、宝飾品(主として金製品)の製造、加工、卸、小売及び輸出入業務などを行う目的で、株式会社西武百貨店(以下「西武百貨店」という)と三菱金属株式会社(平成二年一二月三菱鉱業セメント株式会社との合併により商号を三菱マテリアル株式会社に変更した。以下「三菱マテリアル」という)が中心となって設立した株式会社で、平成一一年七月現在の資本金は四四五〇万円、従業員は三四名である。現在の主たる営業内容は、大株主である三菱マテリアルの製品である金地金からネックレス、ブレスレット、リングなどの宝飾品を製造、加工してこれを販売店に卸し、自社ブランドによるオリジナルデザインやオーダーメイド製品の製造、加工、販売などである(証拠略)。

2  債権者は、宝飾関係の会社で勤務し、あるいは、宝飾関係の会社を自ら経営していた経歴を有することから、平成元年一月一七日付けで債務者の経営企画室長兼商品部長として採用され、平成二年九月一日には営業統括部長に、平成四年三月一日には営業部長に、平成五年三月一日には営業一部長に、平成九年四月一日には海外営業部長に、それぞれ就任して営業部門を統括してきたが、平成一〇年四月一日、海外営業部長の任を解かれ、海外営業部特販担当を命じられた(書証略)。

3  債務者代表者は平成一一年三月一八日債権者に対し同年五月三〇日をもって同人を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)(争いがない)。

4  債務者の就業規則には、次のような定めがある(書証略)。

第三九条(解雇事由)

従業員が次の各号の一に該当するときは解雇とする。

(一) 第六七条により、懲戒解雇されるとき(一号)。

(二) 業務の整備、縮小若しくは閉鎖などにより剰員となったとき(二号)。

(三) 業務能力又は、勤務成績が著しく不良のとき(三号)。

(四) 試用期間中、業務に不適当と認められるとき(四号)。

(五) 第五八条により、療養補償をうけるものが打切補償を支給されたとき(五号)。

5  債務者においてはその従業員を職能ランク基準に従って処遇することとしている。債権者の職能ランク基準は、入社時には2A級であったが、平成四年四月一日以降は3B級に降級され、平成一〇年四月一日以降は4B級に降級された(この4B級に降級する旨の処分を以下「本件降級処分」という)。2A級とは、マネジメント職として経営に関する広範な知識を有し、長期的視野から所管業務の基本方針及び計画を立案するとともに経営目標の為に数群の組織単位を統括し業務を遂行でき、専門職として特定領域に係わる高度の専門的知識を有するとともに社内外の情勢に精通し、経営方針に則した政策の立案又は顕著な業績をあげることができる者であり、職位としては部長である。3B級とは、マネジメント職として経営に関する包括的な知識を有し、所管業務の基本方針及び計画を立案するとともに組織目標達成の為部を統括し業務を遂行でき、専門職として特定領域に係わる優れた専門知識を有し、経営方針に則した政策の立案または顕著な業績をあげることができる者であり、職位としては部長又は部長代理である。4B級とは、マネジメント職として上司の一般的指示のもとに豊富な知識経験を有し、部下を指導監督して課又は係の日常業務を効率的に遂行でき、専門職として担当分野に係わる優れた専門知識を有し、指示された複雑且つ困難な問題解決、目標達成の為、単独又は協力者、補助者と共に、所期の成果をあげることができる者であり、職位としては部長代理、課長又は課長代理である(降級の時期については書証略。職能ランク基準である2A級、3B級及び4B級の内容については書証略。その余は争いがない)。

6  債権者が海外営業部長の任を解かれる直前である平成一〇年二月の債権者の給与は、本給が四五万三八〇〇円、調整給が七万六〇〇〇円、職務手当が二万四五〇〇円、都市手当が一万五〇〇〇円、家族手当が一万円、パレットが九〇〇円、調整がマイナス五〇〇〇円、通勤費が二万一三五八円、合計五九万六五五八円であった(書証略)。

三  争点

1  被保全権利について

(一) 本件解雇は有効か。

(1) 債務者の主張

債務者は、既に自前の会社を興し業務を展開していた債権者の企画力、実行力に期待して債権者を雇用したのであるが、次のアないしケのとおり債権者の仕事ぶりは債務者を満足させるものではなく、むしろ時間が経つにつれてそのずさんな仕事ぶりや組織の一員としての自覚を欠いたルール無視の行動が目立つようになり、その結果、債務者に決して無視することができない損害を与えてきた。

ア 平成元年度

債権者は入社後最初の仕事として南洋真珠(オーストラリア西海岸で算出する真珠)の直接取引計画という約七〇〇〇万円規模の大型企画を立案し、その担当者に任じられたが、南洋真珠には良品が少ないという重大な欠点があったにもかかわらず、事前の調査が不十分でその点を看過していたため、この企画を実施後早々に買い付けた商品の粗悪品の比率が高いため商品化に困難を生じ、予定していた顧客への納品にも至らず、この企画はあえなくとんざした。その結果、債務者は多額の不良在庫を抱えることになり、平成一一年七月現在も残高八一四万円余りの在庫を抱えている。

イ 平成三年度

債権者の担当に係る有限会社サロンティン(以下「サロンティン」という)が平成三年六月に倒産して八六万五九二一円の売掛金が回収不能になり、また、有限会社ワイ・エイチ・アイ(以下「ワイ・エイチ・アイ」という)が平成四年二月に倒産して八〇六万一三六九円の売掛金が回収不能となったが、これは債権者の日ごろの仕事ぶりとして売掛金の管理意識に欠けるところがあったためであり、そのため債務者は年度の更新に当たり債権者の処遇の見直しを行い、債権者を統括営業部長職から外し、債権者の肩書を営業部長に改め、債権者の職能ランクをそれまでの2A級から3B級に降級した。

ウ 平成四年度

平成四年度の取引として債務者に備付けの台帳に債権者の担当に係る株式会社タカヤジェム(以下「タカヤジェム」という)向けとしてネックレスなどの宝飾品合計一八〇万余りの取引が記帳されていたが、長期にわたり入金がされていなかったので、債務者がタカヤジェムに問い合わせると、同社は商品未達と答えた。調査したところ、債権者が納品伝票を切っていないことが判明し、結局のところ、債権者がタカヤジェムに商品を納めたかどうかは分からず、債務者は右の商品代金相当の損害を被ることになった。

エ 平成五年度

(ア) 債権者の担当に係る株式会社三上商事(以下「三上商事」という)が平成五年八月破産宣告を受けたが、債権者はかなり以前から同社の業績悪化に関する社内及び社外の情報を掌握していたにもかかわらず、これを債務者や取締役会などに報告しなかったので、三上商事に対する債権保全措置を全く講ずることができず、同社に対する五六〇〇万円余りの売掛金もそのほとんどが回収不能となった。

(イ) 債務者が株式会社クレール(以下「クレール」という)に販売委託をしていたはずの商品が紛失するという事故(被害総額は二〇〇万円)が平成五年一〇月に起きた。債権者は同人の元部下である鳥谷部某(以下「鳥谷部」という)からクレールを引き継いで新たに同社の担当となったのであるが、担当を引き継いだ際に現地で付け合わせ、確認作業を行わなかったため、紛失した商品がクレールに渡っていたかどうか確認できず、そのため右の商品の紛失についてクレールに責任を問うことができず、債務者は右の商品の価格に相当する損害を被った。

オ 平成六年度

平成七年三月債権著の担当に係る株式会社フルール華林(以下「フルール華林」という)に対する債務者の請求金額とフルール華林からの入金額が合わなかったので、調査したところ、債権者がフルール華林との間で同社が新規に開設した店舗の宣伝用アドバルーン費用などの協賛金を支払うことを勝手に約し、債務者にその旨の報告を一切せず、必要な会計上の処理も一切しなかったことが判明した。これによって債務者の決算の処理に支障が生じた。

カ 平成七年度

債権者は平成七年一〇月にその担当に係るオーク株式会社(以下「オーク」という)との間で販売を委託したが、その際に社内で伝票を切っていなかったことから、同社に対する売掛金が年度をまたいで長期にわたり請求されないという事態を招いた。

キ 平成八年度

(ア)〈ア〉 債務者が平成八年七月債権者の担当に係る平和堂貿易株式会社(以下「平和堂貿易」という)向けに出荷した二〇〇〇万円の商品について同社からクレームを受けて納品に至らなかったが、債権者はこのことを秘したため、債務者として時期を得た適切な処置を執ることができず、そのため平成九年三月の決算の時点において国内仕入品で三七三万円、海外仕入品で約一〇〇〇万円を在庫として抱えることになった。

〈イ〉 右〈ア〉の在庫について平成九年三月一〇日現在で債権者の管理不行き届きから多数の商品が行方不明となっている。

〈イ〉 平和堂貿易の担当者としての債権者の仕事ぶりの評判は非常に悪く、同社から注文を受けてもこれを取り次がないまま失念して放置するなどのトラブルが相次ぎ、同社から苦情が寄せられたため、平成九年四月から債権者の担当を縮小し、吉本一二三(以下「吉元」という)を新たに平和堂貿易の担当に加えたが、債権者の評判は低下する一方であったので、債務者は同年一〇月債権者を平和堂貿易の担当から外し、吉元を平和堂貿易の担当とした。

(イ) この外にも債権者の担当に係る取引において、例えば、フルール華林から受注した商品の納品の際にトラブルが発生したにもかかわらず、債権者がこれを上司に報告せずに放置し、結果として長期にわたって商品保留につながったり、債権者が伝票をきちんと切らなかったことから、株式会社丸紅(以下「丸紅」という)に対する買掛金の支払を長期にわたり保留したりなどした。

(ウ) 平成九年一月債権者の担当に係る株式会社ジュエリーハギ(以下「ジュエリーハギ」という)が盗難に遭い、債務者が販売を委託していた商品も盗難に遭ったが、債権者がジュエリーハギに販売を委託するに当たり債務者の台帳にその旨を記帳するという処理を怠っていたため、被害を正確に確認することはできなかった。

(エ) 債権者がきちんと伝票を切っていなかったことから、サイサクグループに対する売掛金が長期に当たり処理されないまま放置されていたことが同年二月に判明した。

(オ) 債務者は、債権者の管理能力に疑問を抱き、債権者に奮起を促す意味からも仕事環境を変えた方がよいと判断して、海外営業部を新設し、債権者に海外事業部長を肩書を与え、主としてイタリアから輸入した商品の国内販売に専念させることにした。

ク 平成九年度

(ア) 平成九年五月債権者の担当に係る丸紅との取引において以前に丸紅に引き渡していた商品の中身が不明となり、その確認のために丸紅と債務者が長期にわたり商品の在庫の調査と帳簿類の確認を行わなければならないという事態を招いたが、これは債権者が丸紅に商品を引き渡す際に検品作業などの基本的な納品手順を踏んでいなかったというずさんな仕事をしたことが原因である。

(イ) 海外事業部では同年九月の中間決算期において帳簿上の在り高と商品在庫数が一致せず、棚卸しが完結しないという異常な事態に陥ったが、これは責任者である債権者の基本的な商品管理に対する心構えの不足から発した事態であった。

(ウ) 債権者は平成一〇年二月株式会社テイクアップ(以下「テイクアップ」という)に対し売掛分の請求書を無断で発行し、結果として同社に対し二重請求をしてしまった。

(エ) 海外事業部では年度末決算作業の際に棚卸しで行方の分からなかった商品及び商品タグが多数見つかったため、再度棚卸しを実施した。

(オ) 債権者は同年三月株式会社サヴィ(以下「サヴィ」という)に対し二重請求をしてしまった。

(カ) 債権者の担当に係る海外商品についてクレームが発生した際に、債権者が適切な対応を行わなかったため、三〇〇万円にのぼる返品が発生し、債務者は損害を被った。

ケ 平成一〇年度

(ア) 債権者は主として上半期は新規顧客の開拓、下半期は海外商品の在庫整理、販売を担当することになったが、前者は債権者の苦手な商品管理に手を取られない状態での債権者の営業力を見極める意味あいがあり、後者は商品管理を主体とする仕事に専念させ、苦手としている商品管理業務を克服させようというねらいがった。

(イ) ところが、債権者の自己啓発に向けた債務者の期待にもかかわらず、新規顧客の開拓のテーマについては見るべき成果がほとんどなく、海外商品の在庫管理も相変わらずずさんなどんぶり勘定的な仕事の進め方で、上長への連絡、相談、組織としての仕事の進め方(伝票、記録の作成など)に変化はなく、一年を経過しても債権者の仕事の進め方は一向に改善しなかった。

以上、アないしケのとおり、債権者は業務に対する適格性を欠いていることは明らかであるところ、債務者には減速経済で経営環境が悪化する中でそのような社員をこれ以上雇用しておくだけの余裕はないため、平成一一年三月一八日本件解雇に及んだのである。

これに対し、債権者は解雇処分の是非を巡る当事者の話合いの中で「リストラである」などという言葉がでてきたことなどを根拠に本件解雇は会社都合による整理解雇であると主張しているが、以上述べたように本件解雇は債務者の社員としての適格を欠くことを理由とする普通解雇である。

(2) 債権者の主張

債務者は、債権者の仕事ぶりは債務者を満足させるものではなく、ずさんな仕事ぶりや組織の一員としての自覚を欠いたルール無視の行動が目立つようになったと主張するが、次のアないしケのとおりそのような事実はない。

ア 平成元年度

南洋真珠の取引はワイ・エイチ・アイが提案し、債務者代表者(ただし、当時は専務取締役)が交渉の上実施を決定したもので、債権者は決定後の具体的な取引についての担当を命じられたにすぎない。南洋真珠の取引に事前の調査が不十分な点があったとしても、それは計画の実施を決定した債務者代表者の責任である。南洋真珠の取引によって生じた在庫が現在でも約八一四万円程度残っているが、このような在庫が発生したのは当初は何年間かの継続を予定していた計画を債務者が突然中止したことに起因する部分が大きく、在庫として残っている商品の多くは販売を予定していた西武百貨店の店頭用の商品であり、それが同百貨店に売却できなかったために在庫となったにすぎない。

イ 平成三年度

(ア) 債権者の担当に係るサロンティンが平成三年六月に倒産して八六万五九二一円の売掛金が回収不能になり、また、ワイ・エイチ・アイが平成四年二月に倒産したが、それによってサロンティンの売掛金及びワイ・エイチ・アイの売掛金が回収できなかったのは債権者の責任ではない。

〈ア〉 サロンティンは不動産取引の失敗により突然倒産したのである。サロンティンはホテルニューオータニにテナントとして入居していたが、同ホテルのような有名なホテルはその信用を守るためテナントとして入居している企業の倒産の危険性を察知すれば、そのようなテナントを入居させたままにはしないのであって、それにもかかわらずサロンティンは倒産した当時ホテルニューオータニに入居していたのであり、ホテルニューオータニもサロンティンの倒産の危機を察知していなかったのであるから、債権者にサロンティンの倒産の危機を察知しようがない。

〈イ〉 債務者はワイ・エイチ・アイに対し金地金売買という形式を採って融資を実行してきており、これを平成三年三月に中止した後である平成四年二月に不渡りを出して事実上倒産したが、平成三年五月から平成四年二月までの間に融資に係る元金四七五二万一二〇七円のうち約三〇〇〇万円を回収し、不渡りが出た平成四年二月の時点での未回収元金は一八五二万一二〇七円にまで減少していた。そして、債務者のワイ・エイチ・アイに対する融資の実行、打ち切り及び回収はすべて債務者代表者の判断に基づいて行われたことであり、融資に係る元金の一部が回収できなかったことについては債務者代表者の責任の方が大きい。

(イ) 年度の更新に当たり債権者の肩書が営業部長に改められ、債権者の職能ランクが2A級から3B級に降級されたが、職能ランク基準の降級は、債権者の賃金は入社の際に入社前の収入の維持を条件として決められた金額であったが、入社後に債権者の年収が債務者の中で一番高額であることが判明したことから、社内的な調整として若干の減額を求められたので、これに応じたにすぎない。

ウ 平成四年度

債務者が扱っている標準的なネックレスの在庫商品が帳簿の記載と合致せず、不足するという事態が発生したが、その商品は債権者の担当に係るタカヤジェムの外にジャスコの子会社であるニコロポーロや西武の通販などにも販売していたのであり、債権者が納品伝票を切っていないためタカヤジェムに商品を納めたかどうか分からなかったことによるのではない。

エ 平成五年度

(ア) 債権者の担当に係る三上商事が平成五年一一月に倒産したが、同社は債務者代表者が槻館某から紹介された取引先であり、同社との取引については西武百貨店審査部からアドバイスを受けた六〇〇〇万円という与信の範囲内で逐一債務者代表者の指示を仰いで行ってきていた。また、三上商事に関する情報については債務者代表者の方が債権者よりも情報を得やすい立場であった。債権者は同年八月ないし九月ころに三上商事の経営が悪化しているという情報を入手し、その旨を債務者代表者に報告したが、同人から債権回収についての具体的な指示はなかった。

(イ) 債権者が担当となる前にクレールを担当していた鳥谷部が商品を持ち逃げしたといううわさが広がったことがある。仮に商品の紛失が事実であるとしても、それは鳥谷部が債権者にきちんと引継ぎをしなかったことが原因であり、債権者に落ち度はない。

オ 平成六年度

債権者の担当に係るフルール華林に対する債務者の請求金額とフルール華林からの入金額が合わなかったのは、債務者代表者がフルール華林との間で同社が新規に開設した店舗の宣伝用アドバルーン費用などの協賛金を支払うことを約していたことによる。この件について債権者に責任はない。仮に債権者に責任があったとすれば、債権者は債務者から何らかの処分をされたはずであるが、債権者はこの件で処分を受けたことはない。

カ 平成七年度

債権者はオークの担当であったが、平成七年九月に山中正善(以下「山中」という)営業一部・部付部長に担当を引き継いでおり、その後山中部長からは引継ぎは問題なく完了したという連絡を受けているから、債務者の主張に係る件について債権者に責任はない。

キ 平成八年度

(ア) 債務者と平和堂貿易との間の取引が突然停止となり、債務者で平和堂貿易向けの商品在庫が大量に発生したが、債務者と平和堂貿易との間の取引が突然停止されたのは、債務者の関西営業部が平和堂貿易の元社員であった麻生昌之(以下「麻生」という)と石嶋健一郎(以下「石嶋」という)を雇い入れたこと、このうち石嶋について給与などについて好条件を提示しており、これがいわゆる引抜きと見られて平和堂貿易の高木社長の怒りを買ったことによる。

(イ) 前記第二の三1(一)(1)キ(イ)で債務者が主張するような事実はない。

(ウ) 債権者はその担当であったジュエリーハギとの取引においては委託に際して委託に係る商品のタグのコピーをとり、これにジュエリーハギの検収印を押してもらい、これを債務者に備付けのファイルに入れておいたのであり、債権者がジュエリーハギに販売を委託するに当たり債務者の台帳にその旨を記帳するという処理を怠っていたということはない。

(エ) 債権者がきちんと伝票を切っていなかったためにサイサクグループに対する売掛金が長期に当たり処理されないまま放置されていたということはない。

ク 平成九年度

(ア) 丸紅との取引は山本美樹(以下「山本」という)が債務者代表者の了解の下に進めていたのであり、債権者はほとんど関与していない。山本が商品のタグを付け替えたことが原因と考えられる商品管理の問題が発生したことはあるが、山本は商品部にも所属しており、商品タグの取り替えは同人の権限であって、商品部の部長ではない債権者が口を差し挟むべきことではない。

(イ) 債権者はテイクアップの要請に基づいて同社の伝票の日付に合わせる目的で請求書を再発行したことはあるが、同社に対し二重請求をしたことなどない。

(ウ) 債務者ではサヴィとの取引は丸紅を経由して行うこととされており、丸紅との取引は山本の担当であったから、仮にサヴィとの取引で問題があったとしても、債権者に責任はない。

(エ) 債権者の担当に係る海外商品についてクレームが発生した際に、債権者が適切な対応を行わなかったため、三〇〇万円にのぼる返品が発生したなどということはない。

(二) 本件降級処分は無効か。

(1) 債務者の主張

前記第二の三1(一)(1)アないしクで述べたことからすれば、近年の債権者の職務遂行状況は、債務者所定の売掛金管理規程など社員として遵守すべき基本的な業務処理手順から著しく逸脱し、基本的な社内処理ができないなど、余りにもずさんであった。そこで、債務者は、解雇を含めて債権者の処遇の見直しを行い、解雇の前に最後の機会を与えることにし、債権者を部長職からといて海外営業部特販担当とし、しばらくの間部下のマネジメントから離れて自分の仕事のみに専心し、組織としての仕事の進め方をもう一度修得する環境を整え、やり直す機会を与えた。これに伴い平成一〇年四月債権者の職能ランク基準を3B級から4B級に降級したのである。したがって、本件降級処分が権利の濫用として無効となる余地はなく、債権者の給与は本件降級処分後の金額ということになる。

(2) 債権者の主張

前記第二の三1(一)(2)アないしクで述べたことからすれば、本件降級処分は権利の濫用として無効であるというべきである。

2  保全の必要性について

第三争点に対する判断

一  被保全権利について

1  争点1(一)(本件解雇は解雇権の濫用か)及び争点1(二)(本件降級処分は無効か)について

(一) 前記第二の二2、3及び5の各事実、次に掲げる争いのない事実、疎明資料(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、一応次の事実が認められる。

(1) 債務者は平成元年五月までに企画開発プロジェクトの一環として南洋真珠(オーストラリア西海岸で算出する真珠)を現地で直接買い付けてこれを販売することを計画し、現地での買い付けはこの販売計画を企画、立案して債務者に提案したワイ・エイチ・アイが行い、債権者が経営企画室長兼商品部長としてこれに同行することになった。ワイ・エイチ・アイは同年七月三一日から同年八月七日まで現地に赴いて南洋真珠を買い付け、債権者はこれに同行した。南洋真珠の買い付けは浜揚げの天然真珠を一括購入するというもので、一括購入であるため全体としては価格は安くなるが、天然真珠は養殖真珠と比べて品質にばらつきがあるため買い付けた南洋真珠によっては相当数の粗悪品が含まれることがあったが、債権者はそのことを知らなかった。ワイ・エイチ・アイが買い付けた南洋真珠は全部で一二九五個であり、そのうち高級品が二六個、リング販売向けの上級品が九六個、ペンダント販売向けの上級品が一四〇個、ペンダント、ブローチ又はリング販売向けのバロックが二四〇個で、その外の七九三個はすぐには売り物にならない商品と分類しており、ワイ・エイチ・アイからの仕入金額は四八〇五万八二五二円であった。ところが、これらの商品のうちリングとペンダントが品質に問題があるとして売れ残り、平成三年二月二八日の時点で仕入金額として一三八六万四七二四円相当のリングとペンダントが売れ残っており、結局、仕入金額として約八一四万円相当のリングとペンダントについては現時点においても売れずに在庫として残っている。南洋真珠の販売を最終的に決定したのは当時債務者の代表権を有する専務取締役であった債務者代表者である。債務者代表者は南洋真珠の販売を決定するに当たり当時債務者の経営企画室長兼商品部長であった債権者の意見を聞いた上でこれを決定したが、債権者は債務者代表者に対し南洋真珠の販売に積極的に賛成する意見を述べたのであり、この意見が債務者代表者が南洋真珠の販売を決定した大きな動機となっていた(債務者が南洋真珠の販売を計画し、これを実行したこと、南洋真珠の販売計画を企画、立案したのがワイ・エイチ・アイであること、債務者が現在仕入金額として約八一四万円相当の南洋真珠の在庫を抱えていることについては争いがない。南洋真珠の販売計画が進められていた当時の債権者の債務者内における地位については前記第二の二2。その余は(証拠略)。

(2) 債権者の担当に係るサロンティンが平成三年六月二六日二回目の不渡りを出して事実上に倒産し、八六万五九二一円の売掛金が回収不能になったが、債権者は事前にサロンティンの倒産の兆候を察知していなかった(サロンティンが事実上倒産した日にちについては(書証略)。その余は争いがない)。

(3) 債権者の担当に係るワイ・エイチ・アイは平成四年二月二八日二回にわたり不渡りを出して事実上倒産した。債務者は平成元年からワイ・エイチ・アイとの間で金地金の売買を行ってきたが、同社の資金繰りが悪化したことから、平成三年三月一五日に同社との金地金の売買を中止し、それ以降はそれまでに発生していた債務者のワイ・エイチ・アイに対する売掛金の回収に努め、同年五月二〇日の時点で四七五二万一二〇七円あった元金は平成四年二月一日の時点で一八五二万一二〇七円にまで減少し、債務者はこの間元金だけで約三〇〇〇万円をワイ・エイチ・アイから回収したが、同社の倒産によって八〇六万一三六九円が回収不能となった。債権者は事前にワイ・エイチ・アイの倒産の兆候を察知していなかった(証拠略)

(4) 債権者の職能ランク基準は平成四年四月一日以降は2A級から3B級に降級された(前記第二の二5)が、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの債権者の賃金の総額は九三五万三六四〇円であるのに対し、同年四月一日から平成五年三月三一日までの賃金の総額は八九二万一一〇〇円であり、降級に伴って減額された賃金の金額は四三万二五四〇円であり、減額の割合は四・六パーセント(小数点第二位四捨五入)であった(書証略)。

(5) 債務者は平成四年一〇月二九日タカヤジェムを売掛先としてネックレスを二〇〇本(約一八〇万円相当)仕入れたが、その仕入れに係る二〇〇本のネックレスをタカヤジェムに納入したとしてその代金の支払を同社に請求したところ、同社からネックレスが納入されていないという回答があった。そこで、調査したところ、右の二〇〇本のネックレスの仕入れを記帳した帳簿には右二〇〇本のネックレスについてタカヤジェムに対する売掛けの記載がなく、在庫も見当たらないことが判明し、結局のところ、債務者がタカヤジェムに右の二〇〇本のネックレスを納入したことを確認できなかったので、右の二〇〇本のネックレスについては平成六年三月三一日に帳簿上在庫調整が行われて在庫の数から差し引かれた(書証略)。

(6) 債権者の担当に係る三上商事が平成五年一一月一二日破産宣告を受け、五六三四万五四二三円の売掛金などが回収不能になったが、債権者は事前に三上商事の倒産の兆候を察知していなかった。債務者が三上商事の経営の危機に関する情報を入手したのは同年九月二一日であり、この段階では債務者の三上商事に対する債権について保全の措置を講ずる余地はなかった(書証略)。

(7) 債務者がクレールに販売を委託したと考えていた二〇〇万円相当の商品について同社が販売の委託を受けていないことが平成五年一〇月に判明した。右の当時の債務者における同社の担当は債権者であったが、債権者は既に債務者を退職していた鳥谷部に代わって同社の担当となったのであり、クレールへの販売委託は鳥谷部が同社の担当のときに行われたものとされていた。債権者が鳥谷部に代わってクレールの担当となった際に鳥谷部からクレールの担当を引継ぎという意味での説明を受けたことは全くなかったが、債権者は鳥谷部から引継ぎという意味での説明を受けたことは全くなかったにもかかわらず、鳥谷部に代わってクレールの担当となった際にクレールとの間で同社に販売を委託している商品としてどのようなものがあるかなどといったことの確認はしなかった(証拠略)。

(8) 債務者は平成六年六月からフルール華林と取引を開始したが、平成八年三月二六日付けでフルール華林に対し同月二〇日までのフルール華林からの入金額の合計が債務者が右同日までのフルール華林に対する売掛金として計上している金額の合計よりも四五八万七七七一円少ないことの理由について回答を求めたところ、同社は、その多くは仕入計上の遅れであるが、フルール華林の作成に係る平成七年四月三〇日付けの三通の伝票のうち一通(金額は五〇万円)については値引きであり、残りの二通(金額が二〇万円の分と五〇万円の分)についてはフルール華林の新設店舗の宣伝用のアドバルーンの費用などの負担を債権者が了解しておりこれに基づく協賛金であるという回答があった。債権者は債務者において同社の担当であったが、右の値引き及び協賛金の負担について事前に債務者の了承を得ることなどせず、また、右の負担を了承したことについて債務者に何の報告もしていなかった(証拠略)。

(9) 債務者がオークに販売を委託していた商品が平成七年一〇月に売れ、債務者のオークに対する売掛金六一万九六一二円が発生したが、右の売掛金はオークに対し請求がされないまま放置され、平成一〇年三月末にようやく処理された。債権者は平成七年九月まではオークの担当であったが、オークの担当は右同月に山中営業一部・部付部長に担当替えとなり、債権者は山中部長にオークの担当を引き継いだ(証拠略)。

(10) 債権者は債務者において平和堂貿易の担当であったが、平成八年五月に平和堂貿易向けに株式会社池矢(以下「池矢」という)から仕入れたネックレスについて同年七月ころ平和堂貿易からクレームが付けられて受領を拒否され、右のネックレスを平和堂貿易に出荷することができなくなり、六〇〇万円にのぼる在庫が発生したが、債権者はそのことを債務者にはすぐに報告しなかった。また、債権者は平和堂貿易の担当として同年一月イタリアに出張して平和堂貿易向けのネックレスなどを買い付け、その買い付けに係るネックレスが同年四月に入荷したが、同年九月平和堂貿易からその買い付けに係るネックレスに対しクレームが付けられて受領を拒否され、結局右のネックレスを含めてイタリアで買い付けたすべての商品を平和堂貿易に出荷することができなくなったが、債権者はそのことを債務者にすぐに報告しなかった。そのためイタリアで買い付けた商品は同年四月から同年一二月にかけて順次入荷し、合計一四二二万七一九五円にのぼる在庫が発生した。債務者はこれらの在庫の販売に努力したが、平成九年三月一〇日の時点で池矢からの仕入分である三七三万一四〇〇円が、イタリアでの買い付け分である九九八万三五〇六円が、それぞれ売れずに在庫として残っていた。この売れ残りの在庫の外に三六万一二二九円相当の商品が平成九年三月一〇日の時点で在庫として見当たらず行方が分からなくなっていた(証拠略)。

(11) 債務者において平成九年三月までは平和堂貿易の担当は債権者のみであったが、債権者が平和堂貿易から発注を受けながら仕入れをしないまま放置していることが度重なっているという苦情が平和堂貿易からあったことから、同年四月からは債権者の外に吉元も平和堂貿易の担当者となった。債務者は同年一月に平和堂貿易を辞めた麻生を同年二月一七日に採用し、同年五月に同社を辞めた石嶋を同年六月一六日に採用したが、平和堂貿易は同社に勤めていた社員が同社を辞めて債務者に採用された経緯について説明するよう債権者に求めていたが、債権者はそのことを債務者に報告していなかった。また、平和堂貿易は債務者に対する支払条件を現金決済から手形決済に変更してほしいと債権者に申し入れていたが、債権者はそのことも債務者に報告していなかった。吉元を通じて平和堂貿易が債務者に入社した同社の元社員の入社の経過について説明を求めていることを知った債務者は、同年一〇月入社の経過を説明するための会議を開いてその経過を説明し、平和堂貿易も右の説明に納得したが、債権者を通じて債務者に申し入れていた支払条件の変更について何の回答もしない債務者の態度を不快に思っていた平和堂貿易は右の会議の席上で支払条件の変更について債務者から何の回答もないことを取り上げた。支払条件の変更について申入れがあったことを知らなかった債務者は支払条件の変更の件について回答が遅れたことをわびるとともに至急検討して回答することを約して右の会議を終えた。債務者は、平和堂貿易の支払条件を同社の希望どおりに変更すること、債権者を平和堂貿易の担当から外し、同社の担当は吉元とすることを決め、同月八日付けの書面でその旨を平和堂貿易に回答した。その後も債務者と平和堂貿易の取引は続き、両者間の取引が終了したのは平成一〇年一二月であった(書証略)。

(12) 債務者は管理部に在籍していた山本が平成八年一月に債務者代表者に対してした提案に基づいて丸紅との取引を開始した。債務者は提案者である山本を商品部(平成八年一月以降に管理部から商品部に異動した)に籍を置いたまま営業一部の仕事もさせ、丸紅の担当として同社との取引に当たらせたが、債務者が丸紅に納めた商品について返品があったにもかかわらず、それが債務者においてきちんと記帳などしていなかったことから、債務者と丸紅との間で債務者の丸紅に対する売掛金の残額について意見が食い違った。山本は丸紅に債務者の資料を提供し、丸紅が同社の帳簿と突き合わせをするなどした結果、平成九年三月には債務者の丸紅に対する売掛金の残額が確定した。丸紅からの返品についてきちんと記帳などしなかったのは債権者である。山本は同年四月には海外営業部課長代理となり、商品部を兼務するようになった(証拠略)。

(13) 債権者は平成七年三月二一日その担当に係るジュエリーハギに商品の販売を委託していたが、その際に委託に係る商品のタグのコピーをとり、これに同社の検収印を押してもらうという処理をしたのみで、債務者に備付けの帳簿に販売を委託した旨の記帳をしたり、必要な伝票類を発行したりなどしていなかった。ジュエリーハギが平成九年一月盗難に遭い、債務者から販売を委託された商品が盗難にあったという報告があって初めて債権者が債務者の商品をジュエリーハギに販売を委託していることが判明した。債権者は平成八年三月ジュエリーハギの担当を道川和彦課長と代わった(証拠略)。

(14) 債権者はその担当に係るサイサクグループに商品の販売を委託していたが、平成八年四月に同グループの担当を竹内正幸(以下「竹内」という)と代わった。竹内が担当を代わった後に、債務者とサイサクグループとの間で債務者のサイサクグループに対する売掛金の残額について意見が食い違ったが、債権者が同グループに販売を委託した商品についてほとんどが記録を残していなかったため、右の意見の食い違いを容易に解消することはできなかった。そこで、竹内はサイサクグループの協力の下に債務者のサイサクグループに対する売掛けや返品の流れを逐一調査し、平成九年三月一三日にようやく債務者がサイサクグループに販売を委託した商品の売掛金の金額が確定した(証拠略)。

(15) 債務者がその担当に係る丸紅との取引において以前に丸紅に引き渡していた商品の中身が不明となっていることが平成九年五月に判明し、その確認のために丸紅と債務者が長期にわたり商品の在庫の調査と帳簿類の確認を行わなければならないという事態を招いたが、これは丸紅の担当である債権者が丸紅に商品を引き渡す際に検品作業などの基本的な納品手順を踏んでいなかったことが原因であった(証拠略)。

(16) 海外事業部では同年九月の中間決算期において帳簿上の在り高と商品在庫数が一致せず、棚卸しが完結しないという事態に陥った。また、海外事業部では年度末決算作業の際に棚卸しで行方の分からなかった商品及び商品タグが多数見つかったため、再度棚卸しを実施した(証拠略)。

(17) 債権者はその担当に係るテイクアップから求められて一旦同社向けに発行した請求書の日付を訂正した請求書を発行し直して同社に交付したことがあるが、訂正後の請求書の発行について債務者内で請求書として正式な発行手続を執ったわけではなかったことから、二重請求という問題を生ずることはなかった。しかし、債権者は平成八年九月から同年一二月にかけてテイクアップに納めた商品が返品されていないのに返品されたものとしてその分を同社に対する請求から減じたり、一一五万二五七〇円を請求すべきところを一桁間違えて一一万五二五七円しか請求しないといった初歩的な間違いを犯したりなどしたため、債務者のテイクアップに対する売掛金についてその一部を請求しないまま放置する結果となり、平成一〇年三月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明した(証拠略)。

(18) 債権者はその担当に係る丸紅を通じてサヴィとの取引を行っていたところ、同一の商品について平成九年六月一三日と同年七月七日に二回にわたり販売したものとして二重に計上してしまい、代金を二重に請求していたが、平成一〇年三月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明した(証拠略)。

(19) 債権者はその担当に係る丸紅を通じて株式会社キクシマ(以下「キクシマ」という)との取引を行っていたところ、平成八年一一月一二日に同社に販売した商品について同社から直接代金の支払を受けるとともに丸紅からも代金の支払を受けてしまったが、平成一〇年一月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明した(証拠略)。

(20) 債権者は、平成九年一月以降は、平和堂貿易の件、丸紅の件、サイサクグループの件、テイクアップの件、サヴィの件、キクシマの件など、売掛金の管理や商品の管理などがずさんであることに起因すると考えられる問題が頻繁に顕在化するようになり、売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられた。そこで、債務者は債権者の管理職としての能力について再評価を行い、その結果、債権者の職能ランク基準を3B級から4B級に降級すること債権者を海外営業部長から外し、債権者に営業部特販担当を命じることを決め、平成一〇年四月一日をもってこれらの措置をいずれも実行した。債務者は本件降級処分及びこれに伴う職位の降格の理由並びに新規の業務の内容を説明したが、債権者は本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務について特に異議を述べていないが、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務はこれまでの債権者の債務者に対する貢献の度合いに照らし不当であると考えていた(証拠略)。

(21) 債務者は、債権者の売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えたことから、従来と同様に債権者に個々の取引先を担当させることは適当ではないと判断し、これまで債権者が担当してきた取引先を他の社員に引き継がせ、債権者には新規開拓に専念させることにし、その旨を債権者に指示した。しかし、債権者は、平成一〇年四月株式会社セキドに、同年六月株式会社ドンキホーテに、それぞれ接触した程度で、余り熱心に新規の取引先の開拓を目指していたというわけではなかったことから、債務者代表者は具体的に店名を挙げて新規開拓を熱心に行うよう指示し、同年七月以降は債務者代表者の指示の下に株式会社マツモトキヨシ、株式会社ビックカメラ、株式会社キムラヤ、株式会社ヨドバシカメラ、株式会社サクラヤ、株式会社コジマ、株式会社多慶屋、株式会社ユザワ屋、株式会社ヤマダ電機などに、それぞれ接触したが、結局のところ、株式会社セキドと株式会社ヤマダ電機の外は債権者による新規開拓に見るべき成果はなく、熱心に新規開拓を行っているというわけではなかった。そこで、債務者は同年一〇月以降は主に海外輸入品の在庫整理を目的としてアウレア社の製品とレジ社の製品の販売を行わせることを決め、その旨を債権者に指示したが、その際、債務者は、債権者の売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられることにかんがみ、アウレア社の製品とレジ社の製品の販売を行うに当たって販売先へのアプローチや折衝、取引開始までの商談については債権者に全権を与えるが、取引の内容が内定し、商品管理、売掛金管理が必要な、具体的な商品を扱う過程に進んだ場合には、これを他の社員に引き継ぐよう指示した。しかし、債権者による販売は旧知の販売先に在庫商品を持ち込むというもので、新味のある取引方法を考案するなどといったものではなく、そのため同年一〇月から平成一一年二月までの債権者によるアウレア社の製品とレジ社の製品の売上げの合計は五五四万六三二七円にとどまり、右は在庫として抱えている両社の製品の合計金額である九〇三七万〇二二九円の六・一パーセント(小数点第二位四捨五入)にすぎず、債権者による販売に見るべき成果はなく、熱心に両者の製品の販売を行っているというわけではなかった(証拠略)。

(22) 債務者は平成一〇年四月以降の債権者の仕事ぶりを見て債権者を解雇するほかないと判断して、債務者代表者は平成一一年三月一八日債権者に対し同年五月三〇日をもって同人を解雇する旨の意思表示をした。債権者が本件解雇の理由を債務者代表者に問いただしたところ、同人は債権者の仕事ぶりに問題があるわけではなく、あたかも本件解雇がいわゆる整理解雇として行うものであるかのような説明をし、同年四月二二日に八丁堀労政事務所で行われた話合いにおいても債務者は債権者に対し同様の趣旨の説明を行っていた。債権者から本件解雇の理由を書面で明らかにするよう求められた債務者は同年五月二四日付けの回答書を債権者に交付したが、この回答書には「まず貴殿が業務を遂行するにあたっては、これまで売掛債権回収不良等度重なる販売トラブルを発生させたほか、業務マニュアルの不遵守等により、結果として会社の業績に少なからぬ悪影響を招いたことは否定できません。会社は、都度、貴殿に対し改善を指示しましたが、遺憾ながら改善が図られなかったことから、二度にわたる降格人事を実施せざるを得ませんでした。また、その後は業務内容を変更し、得意先開拓、並びに輸入在庫品販売等の新規業務に責任を持って取り組むよう指導してまいりましたが、それらについても一向に成果が挙がっておりません。一方、ご高承のとおり、会社を取り巻く経営環境は厳しく、業務改善に向け縮小均衡を図るべく鋭意取り組んでいるところであり、会社としては、以上の貴殿の勤務実績を踏まえると、雇用を継続することは出来ず、やむを得ず解雇の措置を取らざるを得なくなったものであります。よって、会社としては、貴殿を就業規則第三九条(2)・(3)項により平成一一年五月末日をもって解雇する旨の予告を行った次第であります」と書かれていた(前記第二の二3、証拠略)。

(二) 一応以上の事実が認められる。

これに対し、

(1) 債権者は、ワイ・エイチ・アイとの間で南洋真珠の販売計画について交渉し決定したのは当時債務者の専務取締役であった債務者代表者であると主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。

債務者は、南洋真珠の販売は債権者が中心となって提案したものであると主張し、債務者の代表者の陳述書(書証略)には右の主張に沿う供述があるが、右の供述だけでは南洋真珠の販売は債権者が中心となって提案したものと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

しかし、債務者代表者は南洋真珠の販売計画について債務者の取締役会に事後報告していること(書証略)、南洋真珠の販売計画を進めていた当時の債務者代表者は債務者の代表権を有する専務取締役であったこと(書証略)からすれば、南洋真珠の販売を最終的に決定したのは債務者代表者であると認められ、また、債務者は昭和六三年一一月に設立され(前記第二の二1)、債権者はその経歴などを買われて債務者の設立の直後である平成元年一月に債務者に雇用されたこと(前記第二の二2)、債権者は南洋真珠の販売計画が進められている当時債務者の経営企画室長兼商品部長であったこと(前記第二の二2)からすれば、債務者代表者は南洋真珠の販売を決定するに当たって債権者の意見を聞いたものと考えられ、これを否定する特段の疎明もないことも併せ考えれば、債務者代表者は南洋真珠の販売を決定するに当たって債権者の意見を聞いたことが認められる。そして、債権者が債務者に雇用された理由が債権者の経歴などを買ってのことである以上、債務者代表者が南洋真珠の販売を決定するに当たって債権者の意見が相当にしんしゃくされたものと考えられ、これを否定する特段の疎明もないこと、債務者代表者は南洋真珠の販売を実施することを決定していることも併せ考えれば、債務者代表者が南洋真珠の販売を決定するに当たって債権者は南洋真珠の販売に積極的に賛成する意見を述べたこと、この意見が債務者代表者が南洋真珠の販売を決定した大きな動機となっていることが認められる。債権者は、南洋真珠の販売は専ら債務者代表者が主導したという趣旨の主張をしているが、右の認定、説示に照らし採用できない(もっとも、債務者代表者がいわゆるワンマンであり、部下の意見など全くしんしゃくしないというのであれば、右とは異なる認定、判断もあり得なくもないが、債務者代表者がいわゆるワンマンであり、部下の意見など全くしんしゃくしないことを認めるに足りる疎明はない)。

また、債権者が天然真珠は養殖真珠と比べて品質にばらつきがあるため買い付けた南洋真珠によっては相当数の粗悪品が含まれることがあることを知っていたとすれば、当然債権者はそのことを債務者代表者に説明し、債務者代表者が南洋真珠の販売計画を決定するに当たってそのリスクも含めて検討されたものと考えられるが、本件全疎明資料に照らしても、債権者が南洋真珠の販売のリスクについて説明したことは全くうかがわれないのであるから、債権者は天然真珠が養殖真珠と比べて品質にばらつきがあるため買い付けた南洋真珠によっては相当数の粗悪品が含まれることがあることを知らなかったものと認められる。

(2) 債権者は、南洋真珠が売れ残ったのは品質に問題があったことからではないという趣旨の主張をしているが、売れ残った南洋真珠はリングやペンダントであり(書証略)、これらについては一応債務者は販売可能な商品に分類していた(前記第三の一1(一)(1))のであり、特に品質に問題がなければ債務者としても在庫として寝かせることなどせずに完売するための努力をしているものと考えられるにもかかわらず、仕入れから一〇年が経過しようとしている現時点においても在庫として仕入金額として約八一四万円に相当する商品が売れ残っていること(争いがない)からすると、南洋真珠が売れ残っているのは売れ残った真珠の品質に問題があったからであるというほかない。

(3) 債権者は、疎明資料(書証略)に「返済計画」「資金支援体制」「元金残高」「発生金利」などの記載があることを理由に、債務者はワイ・エイチ・アイに対し金地金の売買をしていたのではなく、融資をしていたと主張するが、疎明資料(書証略)に右のような記載があるというだけでは債務者がワイ・エイチ・アイに融資をしていたと認めるには足りないのであり、債務者とワイ・エイチ・アイとの間に資本関係があることなど債務者がワイ・エイチ・アイに資金援助を行うべき理由については債権者からは何も疎明されていないことも勘案すれば、右の債権者の主張は採用できない。

(4) 債権者は、職能ランク基準を2A級から3B級に降級されたのは、債権者の年収が債務者の中で一番高額であることが判明したことから社内的な調整として若干の減額を求められてこれに応じたにすぎないと主張しているが、本件全疎明資料に照らしても、右の主張に係る事実を認めるに足りる疎明はない。右の債権者の主張は採用できない。

(5) 債権者は、平成四年度に債務者が扱っている標準的なネックレスの在庫商品が帳簿の記載と合致せず、不足するという事態が発生したが、それが債権者の担当に係るタカヤジェムの取引で発生したことかどうか分からないと主張する。

しかし、疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、債務者は「K24ローリング0・37 42cm」(純金スクリュー五グラム42cm)というネックレスを仕入れて債権者の担当に係るタカヤジェムなどに販売していたこと、債務者はこのネックレスの仕入れ及び売掛けを管理するために帳簿を作成しており、その帳簿には左半分に仕入れに関する事項を、右半分に売掛けに関する事項を、それぞれ記載することとされており、仕入れたネックレスが特定の売掛先に対する仕入れである場合にはその旨を明らかにする趣旨で販売の欄に売掛先を記載していたこと、右の帳簿によれば、債務者が平成四年一〇月二九日タカヤジェムを売掛先としてネックレスを二〇〇本仕入れた旨の記載があるが、右の帳簿には右の仕入れに対応する売掛けの記載はなく、平成六年三月三一日に棚卸調整として右同日現在の在庫数から二〇〇が差し引かれていることが認められ、これらの事実に疎明資料(書証略)も加えて併せ考えれば、前記第三の一1(三)(5)で認定した事実を認めることができる。

これに対し、債務者は、実際にはタカヤジェムに納入したにもかかわらず、債権者が納入したことを明らかにする書類や帳簿をきちんと作成していなかったので、タカヤジェムにネックレスの代金を支払ってもらえなかったという趣旨の主張をしているもののようであるが、債務者代表者の供述(書証略)はこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる疎明はなく、右の債務者の主張は採用できない。

(6) 債権者は、平成五年八月ないし九月ころに三上商事の経営が悪化しているという情報を入手し、その旨を債務者代表者に報告したと主張するが、債務者が三上商事の経営の危機に関する情報を最初に入手したのは同年九月二一日であるところ、本件全疎明資料に照らしても、右の情報を債務者に報告したのが債権者であることを認めるに足りる疎明はない。右の債権者の主張は採用できない。

また、債権者は、三上商事との取引については西武百貨店審査部からアドバイスを受けた六〇〇〇万円という与信の範囲内で逐一債務者代表者の指示を仰いで行ってきており、三上商事に関する情報については債務者代表者の方が債権者よりも情報を得やすい立場であったと主張するが、これを認めるに足りる疎明はなく、右の債権者の主張は採用できない。

(7) 債権者は、フルール華林に対する債務者の請求金額とフルール華林からの入金額が合わなかったのは、債務者代表者がフルール華林との間で同社が新規に開設した店舗の宣伝用アドバルーン費用などの協賛金を支払うことを約していたことによると主張し、フルール華林の元社員である細谷長一郎(以下「細谷」という)はその陳述書(書証略)には右の主張に沿う供述をしているが、同人の供述によれば、取引開始の条件として一二〇万円の協賛金等を支払うことを約したというものであるにもかかわらず、協賛金等の差引きが実際にされたのは取引が開始されてから約一〇か月後のことであり、取引開始の条件として協賛金等を支払うことを約したというにしては協賛金等の差し引きがされるまでに時間を要しすぎているものと考えられること、仮に右の供述のとおり債務者代表者が協賛金等の支払を約したとすれば、そのことを担当者である債権者に伝えていたものと考えられるにもかかわらず、債権者は本件仮処分申立事件の審理がされるまでフルール華林が勝手に協賛金等の名目で差し引いたものと考えていたと主張していること、細谷は陳述書を作成した時点においてフルール華林の社員であったわけではなく、同社の元社員にすぎないこと、以上を総合すれば、細谷の陳述書は右の債権者の主張を裏付ける的確な疎明資料ということはできず、細谷の陳述書だけでは右の債権者の主張を認めるには足りないというべきであり、他に右の債権者の主張を認めるに足りる疎明はない。したがって、右の債権者の主張は採用できない。

これに対し、債権者がフルール華林の協賛金等の差引きの件を理由に債権者に対し何らの処分もされていない(審尋の全趣旨)が、そのことは債権者がフルール華林との間で値引きや協賛金の支払について債務者に報告などせず勝手に約したという前記第三の一1(三)(8)を左右するには足りない。

(8) 債権者は、債務者と平和堂貿易との間の取引が突然停止となり、債務者が平和堂貿易向けの商品在庫が大量に発生したが、債務者と平和堂貿易との間の取引が突然停止されたのは、債務者が平和堂貿易の元社員二名を引き抜いたためであると主張し、佐藤征四郎(以下「佐藤」という)はその陳述書(書証略)において、渡辺甫(以下「渡辺」という)はその陳述書(書証略)において、それぞれ右の主張に沿う供述をしているが、平和堂貿易向けの商品は平成九年三月一〇日の時点では既に同社に出荷できずに在庫となった商品のうち三割がはけたにすぎない状況であった(なお、債権者は疎明資料(書証略)が平成九年一〇月に作成されたものであると主張するが、右の疎明資料に押された受付印などに照らし、右の債権者の主張は採用できない)のに対し、債権者の主張に係る麻生が債務者に入社したのは同年二月で、債権者の主張に係る石嶋が債務者に入社したのは同年六月であり、その後も債務者と平和堂貿易との間の取引は継続しているから、右の両名が入社したことが商品在庫の発生の原因であるということはできない。そもそも佐藤にしろ渡辺にしろ、平成九年三月をもって平和堂貿易を退職しており、その後に起こった引き抜きの件(債権者は石嶋の入社が引き抜きに当たるとして平和堂貿易が問題にしていたと主張している)を詳細に知っていることは極めて考えがたいのであって、そのような点も含めて佐藤及び渡辺の陳述書はいずれも採用できない。したがって、右の債権者の主張はこれを裏付ける的確な疎明を欠き、採用できない。

(9) 佐藤はその陳述書(書証略)において、渡辺はその陳述書(書証略)において、それぞれ債権者の仕事ぶりに問題はなかったと供述しているのに対し、吉元はその陳述書(書証略)において債権者は平和堂貿易から発注を受けながら仕入れをしないまま放置していることが度重なっているという苦情が平和堂貿易からあったため自分が同年四月から平和堂貿易との取引の一部を担当するようになったと供述しているが、本件全疎明資料に照らしても、債権者が同年四月に平和堂貿易との取引の一部を他の社員に担当させるに当たって債務者と同社との取引が繁忙を極め債権者一人だけでは対応しきれなかったためであるというような事情があったことは全くうかがわれないこと、平和堂貿易が同社に勤めていた社員が同社を辞めて債務者に採用された経緯について説明するよう債権者に求めるとともに債務者に対する支払条件を現金決済から手形決済に変更してほしいと債権者に申し入れていたにもかかわらず、債権者がこれらをいずれも債務者に報告していなかったことを理由に、債権者は平成九年一〇月以降平和堂貿易の担当から外されたというのであり、このことからすれば、債権者の仕事ぶりに問題があったことも十分考えられること、前記説示のとおり佐藤や渡辺の陳述書の信用性は低いというべきであること、以上を総合すれば、佐藤の供述よりも吉元の供述の方が信用性があるというべきである。

(10) 債務者は、平成九年度における債権者の担当に係る取引において、例えば、フルール華林から受注した商品の納品の際にトラブルが発生したにもかかわらず、債権者がこれを上司に報告せずに放置し、結果として長期にわたって商品保留につながったと主張するが、疎明資料(書証略)はこれを認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる疎明はない。右の債務者の主張は採用できない。

(11) 債権者は、丸紅との取引の担当者は山本であると主張しており、右の主張を前提とすれば、丸紅との取引において債務者の丸紅に対する売掛金の残額について債務者と丸紅との間で意見が食い違ったのは山本の責任であるということになるように考えられないでもない。

しかし、山本は管理部又は商品部に籍を置いており、丸紅との取引を提案したことから、平成九年三月までは営業一部の仕事を行っているにすぎず、したがって、山本は平成九年三月までは日ごろは管理部又は商品部で仕事をしているものと考えられること、債務者において丸紅との取引の窓口は営業一部であったというのであるから、丸紅に商品を出荷したり、丸紅から商品が返品されたりすることは営業一部を経由するものと考えられることに照らせば、平成九年三月までは山本の外に営業一部の中で丸紅との取引に関与していた者がいると考えるのが自然である。このことに、山本の籍はあくまでも管理部又は商品部であるため、山本には営業一部に所属する社員としてノルマを課さないこととされていたこと(証拠略)、営業一部において丸紅との取引は債権者の売上げとされており(書証略)、したがって、丸紅の売上げについてのノルマは債権者に課されていたと考えられること、丸紅との取引について債権者にノルマが課されているのに、丸紅との取引をすべて山本が取り扱っていて債権者が丸紅との取引に全く無関係であったとは考え難いことを加えて併せ考えれば、債務者は山本の外に債権者を丸紅の担当に充てることにし、債権者に丸紅との取引についてノルマを課したこと、債権者には平成九年三月までは日ごろ管理部又は商品部で仕事をしていて営業一部にはいない山本の代わりに丸紅との取引を処理する仕事が与えられていたことが認められる。

そして、右の事実に、債権者がジュエリーハギやサイサクグループとの取引においてきちんと帳簿などに記帳していなかったために債務者の右の各社に対する売掛けの内容が不明となってこれを明らかにするのに時間を要したことがあること、債権者は平和堂貿易から説明や検討を求められた件についてこれを債務者に報告するのを失念したまま放置したことがあること、これに対し、本件全疎明資料に照らしても、山本が債権者と右と同様の間違いを何度となく犯したことがあることは全くうかがわれないことも加えて併せ考えれば、丸紅からの返品についてきちんと記帳などしなかったのは債権者であるというべきである。

(12) 債権者は、疎明資料(書証略)はサイサクグループに対する売掛金が長期に当たり処理されないまま放置されていたことの根拠にはならないと主張するが、疎明資料(書証略)によれば、債務者では債務者のサイサクグループに対する売掛金の残額は二万〇二二五円とされていたのに対し、サイサクグループは債務者に対する買掛金の残額からは五万三九〇〇円を差し引くべきであると考えていたこと、右の食い違いを明らかにするために竹内がサイサクグループの協力の下に過去の取引を逐一調査したところ、債務者が仮伝票で処理したままで売掛けに計上していなかった分として二万八八四〇円があることが判明したこと、これによって債務者のサイサクグループに対する売掛金の残額が四万九〇六五円になるという結論が出たのは平成九年三月一三日であることたことが認められ、右の事実によれば、疎明資料(書証略)をもってサイサクグループに対する売掛金が長期に当たり処理されないまま放置されていたことの根拠になるとは言い難く、疎明資料((書証略)。ただし、罫線の枠外の手書き部分を除く)を勘案しても、疎明資料(書証略)をもってサイサクグループに対する売掛金が長期に当たり処理されないまま放置されていたことの根拠になるとは言い難いが、少なくとも右の事実によれば、疎明資料(書証略)は、債務者のサイサクグループに対する売掛金について債務者とサイサクグループとの間で意見の食い違いが生じたのは債務者が仮伝票で処理したままで売掛けに計上していなかった分があったこともその一因を成していることを明らかにしているものということができる。そして、これまで認定、説示したとおり債権者には商品の管理に欠ける点があったことも併せ考えると、仮伝票で処理したままで売掛けに計上していなかったのは債権者であると考えられ、以上を総合すれば、前記第三の一1(三)(13)で認定した事実を認めることができる。

(13) 債務者は前記第二の三1(一)(1)ク(ア)のとおり主張するが、丸紅との取引については山本に代わって債権者がこれを処理すべきであったことは前記第三の一1(二)(11)で認定、説示したとおりであり、このことに、債権者は山本が担当していた丸紅との取引において商品管理上の問題が発生したことを認めていること、前記第三の一1(二)(11)で説示したこと及び疎明資料(書証略)並びに審尋の全趣旨を加えて併せ考えれば、前記第三の一1(三)(15)で認定した事実を認めることができる。

(14) 債務者は前記第二の三1(一)(1)ク(イ)のとおり主張するが、債権者は平成九年度に商品管理上の問題が発生したことを認めていること、疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨を総合考慮すれば、前記第三の一1(三)(16)で認定した事実を認めることができる。

(15) 債権者は、債務者ではサヴィとの取引は丸紅を経由して行うこととされており、丸紅との取引は山本の担当であったから、仮にサヴィとの取引で問題があったとしても、債権者に責任はないと主張するが、前記第三の一1(二)(11)で認定、説示したことに照らせば、債務者ではサヴィとの取引は丸紅を経由して行うこととされており、丸紅との取引は山本の担当であったというだけでは債権者の責任を否定することはできない。そして、疎明資料(書証略)及び審尋の全趣旨によれば、前記第三の一1(三)(18)で認定した事実を認めることができる。

(16) 債務者は、債権者の担当に係る海外商品についてクレームが平成九年度に発生した際に、債権者が適切な対応を行わなかったため、三〇〇万円にのぼる返品が発生し、債務者は損害を被ったと主張するが、疎明資料(書証略)はこれを認めるには足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる疎明はない。右の債務者の主張は採用できない。

(三) 以上の事実を前提に、本件解雇の理由とされた債権者の行為が本件就業規則三九条三号に定める普通解雇事由に該当するかどうかについて判断する。

(1) 南洋真珠の販売の件について

南洋真珠の販売を最終的に決定したのは当時債務者の代表権を有する専務取締役であった債務者代表者であるが、債務者代表者が南洋真珠の販売を決定するに当たっては債権者がこれに積極的に賛成する意見を述べたことが大きな動機となっていること、南洋真珠の買い付けは浜揚げの天然真珠を一括購入するというもので、一括購入であるため全体としては価格は安くなるが、天然真珠は養殖真珠と比べて品質にばらつきがあるため買い付けた南洋真珠によっては相当数の粗悪品が含まれることがあること、ところが、債権者はそのことを知らなかったこと、債権者はワイ・エイチ・アイの社員が現地で買い付けをする際にこれに同行していること、債務者が買い付けた南洋真珠のうち債務者が販売可能であると分類していたリングとペンダントの一部について品質に問題があるため売れ残ってしまったこと、売れ残った商品は平成三年二月二八日の時点で仕入金額として一三八六万四七二四円相当であり、現時点においても仕入金額として約八一四万円相当にのぼること、以上の事実を総合すれば、南洋真珠の販売の件で売れ残りが出たことについては債権者に責任の一端があるものと認められる。そうすると、南洋真珠の販売の件で売れ残りが出たことは経営企画室長兼商品部長としての職責に照らし債権者の不利益に評価されてもやむを得ないものというべきである。

(2) サロンティン及びワイ・エイチ・アイの未回収金の件について

債権者はサロンティン及びワイ・エイチ・アイの倒産の兆候を事前に察知していなかったが、本件全疎明資料に照らしても、債権者が両者の倒産の兆候を事前に察知することができたことを認めるに足りる疎明はない。

しかし、債権者は平成二年九月一日に営業統括部長に就任している(前記第二の二2)が、売掛金の回収、管理は営業統括部長の職務の範ちゅうに含まれ、かつ、営業統括部長の職務として重要であると考えられること、倒産したワイ・エイチ・アイの担当は債権者であり、ワイ・エイチ・アイについては資金繰りが悪化していたことから、売掛金の回収に努めていた途中なのであって、債権者としては営業統括部長としての職責にも照らし同社の資金繰りなどについては通常の場合以上に情報の収集に努めるべきであったといえること、以上の点に照らせば、少なくともワイ・エイチ・アイの倒産及び未回収金の発生については、債権者がワイ・エイチ・アイの倒産の兆候を事前に察知することができたかどうかという現実的な可能性の有無にかかわりなく、営業統括部長としての職責に照らし債権者の不利益に評価されてもやむを得ないというべきである。

(3) 職能ランク基準が2A級から3B級に降級された理由について

南洋真珠の販売の件で売れ残りが出たことについては債権者に責任の一端があり、平成三年二月二八日の時点で仕入金額として一三八六万四七二四円相当の商品が売れ残っており、これは仕入金額の約三割に相当すること(前記第三の一1(三)(1))、ワイ・エイチ・アイの倒産及び未回収金の発生については、債権者が同社の倒産の兆候を事前に察知することができたかどうかという現実的な可能性の有無にかかわりなく、営業統括部長としての職責に照らし責任があると評価されてもやむを得ないこと(前記第三の一1(三)(2))からすれば、債権者はこれらを理由に平成四年四月一日以降3B級に降級されたものと認められる。

そして、右の降級の理由に右の降級に伴って減額される賃金の金額及び減額の割合も加えて併せ考えれば、右の降級が権利の濫用として無効であるということはできない。

(4) タカヤジェムの件について

前記第三の一1(三)(5)によれば、債務者がタカヤジェム向けに仕入れた二〇〇本のネックレスの在庫はタカヤジェムに納入されないまま紛失してしまったということになるが、そのことについて債権者に責任があるかどうかについて検討する。

ア 本件全疎明資料に照らしても、右の二〇〇本のネックレスの紛失に債権者が関与していることなど、債権者が右の二〇〇本のネックレスの紛失について責任があることを認めるに足りる疎明はない。

イ しかし、疎明資料(書証略)によれば、債務者は平成四年一〇月一六日に仕入れたネックレス二五〇本のうち二二五本を同年一一月二〇日タカヤジェムに納入し、残りの二五本については同月二五日にタカヤジェム向けに仕入れた三〇〇本のネックレスと合わせて同年一二月一〇日にタカヤジェムに納入していることが認められるが、紛失した二〇〇本のネックレスは同年一〇月二九日に債務者に仕入れられているのであるから、債務者においてタカヤジェムの担当である債権者が日ごろから商品の管理に相応の関心を払っていたとすれば、同年一一月二〇日にタカヤジェムに二二五本のネックレスを納入するに当たりタカヤジェムとの間で同年一〇月二九日に仕入れた二〇〇本のネックレスをいつタカヤジェムに納入するのかなどといったことについて当然問い合わせるなどしているものと考えられるところ、本件全疎明資料に照らしても、債権者が右に説示したような問い合わせなどをしたことは全くうかがわれないのであって、そのようなことからすると、債権者は同年一〇月二九日に仕入れたタカヤジェム向けの二〇〇本のネックレスの管理について格別関心を払っていなかったものと考えられ、そうであるとすると、そのような債権者の商品の管理についての関心のなさがネックレスの紛失という事態を招来したものといえなくもないのであって、ネックレスの紛失について債権者に責任があるかどうかにかかわりなく、そのような債権者の商品の管理についての関心のなさはタカヤジェムの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(5) 三上商事の末回収金の件について

債権者は三上商事の倒産の兆候を事前に察知していなかったが、本件全疎明資料に照らしても、債権者が同社の経営の危機に関する情報を債務者が入手した平成五年九月二一日より前に三上商事の経営の危機に関する情報を入手することができたことを認めるに足りる疎明はない。したがって、三上商事の倒産の兆候を事前に察知していなかったことについて同社の担当者として債権者の不利益に評価することはできない。

(6) クレールの件について

前記第三の一1(三)(7)によれば、債務者がクレールに販売委託をしていると考えていた商品の在庫は同社に販売委託されないまま紛失してしまったということになるが、そのことについて債権者に責任があるかどうかについて検討する。

ア 本件全疎明資料に照らしても、右の商品の紛失に債権者が関与していることなど、債権者が右の商品の紛失について責任があることを認めるに足りる疎明はない。

イ しかし、債権者が鳥谷部に代わってクレールの担当となった際に鳥谷部から引継ぎという意味での説明を受けたことは全くなかったというのであるから、債権者が日ごろから商品の管理に相応の関心を払っていたとすれば、鳥谷部から引継ぎがなかった以上、商品の管理という観点からはもちろんのこと、今後クレールとの取引を円滑に進めるという観点からも、取引先であるクレールにこれまでの取引内容、特に委託販売に係る商品があるかどうかについての確認をすべきであるように考えられるにもかかわらず、債権者は鳥谷部に代わってクレールの担当となった際にクレールとの間で同社に販売を委託している商品としてどのようなものがあるかなどといったことの確認はしなかったというのであって、そうであるとすると、債権者は商品の管理について格別関心を払っていなかったものと考えられ、そうであるとすると、債務者がクレールに販売を委託していると考えていた商品の紛失について債権者に責任があるかどうかにかかわりなく、そのような債権者の商品の管理についての関心のなさはクレールの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(7) フルール華林の件について

債権者は債務者におけるフルール華林の担当としてフルール華林との取引において値引きをしたり協賛金を負担したりしたことについて事前に債務者の了承を得ることなどせず、また、右の値引きや協賛金の負担を了承したことについて債務者に何の報告もしていなかったのであり、そのことが判明したのはフルール華林が値引きや協賛金の負担を理由に一二〇万円を債務者に対する支払から控除した平成七年四月から一年近くが経過した平成八年三月のことであったというのであるから、債権者が勝手に値引きや協賛金の負担を約したことはフルール華林の担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(8) オークの件について

平成七年一〇月に発生したオークの対する売掛金が処理されたのは平成一〇年三月末のことであるが、債権者は平成七年九月にはオークの担当を外れており、本件全疎明資料に照らしても、右の売掛金の未処理が債権者の責任であることを認めるに足りる疎明はない。したがって、オークに対する売掛金の未処理は同社の担当者として債権者の不利益に評価することはできない。

(9) 平和堂貿易の件について

ア 債権者が平和堂貿易向けに池矢から仕入れた商品は平成九年七月ころに、債権者が平和堂貿易向けにイタリアで買い付けた商品は同年九月に、それぞれ平和堂貿易からクレームが付けられて受領を拒否され出荷できないことになったが、債権者はそのことをすぐ債務者に報告しなかったというのであるが、債務者が池矢から仕入れた商品やイタリアで買い付けた商品についてはこれを返品することは不可能ないし困難であったものと考えられるものの、債務者と平和堂貿易との取引がその後も継続していることからすると、債務者が平和堂貿易からクレームが付けられたことを遅滞なく知っていれば、同社と再度交渉して値引きなどの方法により同社向けの商品を同社に引き取ってもらうことは一応可能であったものと考えられ、そうであるとすると、債権者が平和堂貿易からクレームが付けられたことをすぐに報告しなかったのは債務者が右に述べたような対応をとる機会を喪失させたものといえ、右に述べたような意味での機会を喪失させたことは、現実に右に述べたような意味での機会を与えられた場合に債務者と平和堂貿易との間の交渉が成立する見込みがあったかどうかにかかわりなく、平和堂貿易の担当者として債権者の不利益に評価されてもやむを得ないものというべきである。

イ 右アで述べた売れ残りの在庫の外に三六万一二二九円相当の商品が平成九年三月一〇日の時点で在庫として見当たらず行方が分からなくなっていたが、本件全疎明資料に照らしても、右の商品の行方が分からなくなっていることについて債権者が関与していることなど、債権者が右の商品の行方が分からなくなっていることについて責任があることを認めるに足りる疎明はない。したがって、右の商品の行方が分からなくなっていることは平和堂貿易の担当者として債権者の不利益に評価することはできない。

ウ 債権者は平和堂貿易から発注を受けながら仕入れをしないまま放置していることが度重なっているという苦情が平和堂貿易からあったことを理由に平成九年四月以降は他の社員が平和堂貿易のの取引の一部を担当するようになり、平和堂貿易が同社に勤めていた社員が同社を辞めて債務者に採用された経緯について説明するよう債権者に求めるとともに債務者に対する支払条件を現金決済から手形決済に変更してほしいと債権者に申し入れていたにもかかわらず、債権者がこれらをいずれも債務者に報告していなかったことを理由に、債権者は同年一〇月以降は平和堂貿易の担当から外されたというのであり、右のような経緯で債権者が平和堂貿易の担当を外されたことは平和堂貿易の担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(10) 丸紅に対する売掛金の件について

債務者が丸紅に納めた商品について返品があったにもかかわらず、そのことを債権者が丸紅の担当者としてきちんと記帳などしていなかったことが原因で債務者と丸紅との間で債務者の丸紅に対する売掛金の残額について意見が食い違い、平成九年三月に至りようやく確定したというのであるから、債権者が丸紅からの返品をきちんと記帳などしていなかったことは商品管理という観点から債権者が行うべき仕事を放棄したに等しい行為というべきであり、丸紅の担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(11) フルール華林との納品のトラブルの件について

債務者の主張に係る平成九年度におけるフルール華林との納品のトラブルについてはこれを認めることができず、したがって、これを債権者の不利益に評価することはできない。

(12) ジュエリーハギの件について

債権者はその担当に係るジュエリーハギに商品の販売を委託したが、その際に委託に係る商品のタグのコピーをとり、これに同社の検収印を押してもらうという処理をしたのみで、債務者に備付けの帳簿に販売を委託した旨の記帳はしたり、必要な伝票類も発行していなかったというのであり、しかも、たまたまジュエリーハギが盗難にあったことから同社に委託販売をしていたことが平成九年一月に判明したのであり、仮にジュエリーハギが盗難に遭わなければ同社に委託販売をしていたことは当分の間は分からなかったものと考えられることからすると、債権者が委託販売を行うに当たって債務者が定めた帳簿への記帳や伝票類の発行をしなかったことは商品管理という観点から債権者が行うべき仕事を放棄したに等しい行為というべきであり、ジュエリーハギの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

これに対し、債権者は、委託に係る商品のタグのコピーをとり、これに同社の検収印を押してもらうという処理をした上、そのコピーをファイルして保管していたのであるから、商品管理に欠けるところはないと主張するもののようであるが、右のような処理をして保管していたというだけでは商品管理に欠けるところがないということはできない。右の債権者の主張は採用できない。

(13) サイサクグループの件について

債権者はサイサクグループに販売を委託した商品についてほとんど記録を残していなかったというのであり、右は商品管理という観点から債権者が行うべき仕事を放棄したに等しい行為というべきであって、サイサクグループの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(14) 丸紅の納品の確認の件について

債務者が丸紅との取引において以前に丸紅に引き渡していた商品の中身が不明となっていることが平成九年五月に判明し、その確認のために丸紅と債務者が長期にわたり商品の在庫の調査と帳簿類の確認を行わなければならないという事態を招いたが、これは債務者の担当者が丸紅に商品を引き渡す際に検品作業などの基本的な納品手順を踏んでいなかったことが原因であったというのであるから、右は丸紅の担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(14) 海外営業部の在庫の件について

海外事業部では平成九年九月の中間決算期において帳簿上の在り高と商品在庫数が一致せず、棚卸しが完結しないという事態に陥り、また、海外事業部では年度末決算作業の際に棚卸しで行方の分からなかった商品及び商品タグが多数見つかったため、再度棚卸しを実施したというのであるが、本件全疎明資料に照らしても、棚卸しが完結しないことや再度棚卸しを実施したことについて債権者に責任があることを認めるに足りる疎明はない。

しかし、債権者は同年四月一日から海外営業部長に就任していた(前記第二の二2)のであるから、海外営業部の棚卸しが完結しないことや再度棚卸しを実施したことは、海外営業部長としての職責に照らし債権者の不利益に評価されてもやむを得ないというべきである。

(15) テイクアップの件について

債権者は平成八年九月から同年一二月にかけてテイクアップに納めた商品が返品されていないのに返品されたものとしてその分を同社に対する請求から減じたり、一一五万二五七〇円を請求すべきところを一桁間違えて一一万五二五七円しか請求しないといった初歩的な間違いを犯したりなどしたため、債務者のテイクアップに対する売掛金についてその一部を請求しないまま放置する結果となり、平成一〇年三月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明したというのであるから、右はテイクアップの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(16) 丸紅を通じての取引における二重計上及び二重入金の件について

債権者はその担当に係る丸紅を通じてサヴィとの取引を行っていたところ、同一の商品について平成九年六月一三日と同年七月七日に二回にわたり販売したものとして二重に計上してしまい、代金を二重に請求していたが、平成一〇年三月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明したというのであり、また、債権者はその担当に係る丸紅を通じてキクシマとの取引を行っていたところ、平成八年一一月一二日に同社に販売した商品について同社から直接代金の支払を受けるとともに丸紅からも代金の支払を受けてしまったが、平成一〇年一月に至り他の部署の調査によってようやくそのことが判明したというのであるが、右はいずれも売掛金の管理という観点から入金の状況を逐一確認していれば十分防ぐことができた間違いであって、右は丸紅又はサヴィ若しくはキクシマの担当者として債権者の不利益に評価されるものというべきである。

(17) 海外商品のクレームについて

債権者の担当に係る海外商品についてクレームが平成九年度に発生した際に、債権者が適切な対応を行わなかったため、三〇〇万円にのぼる返品が発生し、債務者は損害を被ったことについてはこれを認めることができず、したがって、これを債権者の不利益に評価することはできない。

(18) 本件降級処分について

債権者は、平成九年一月以降は、平和堂貿易の件、丸紅の件、サイサクグループの件、テイクアップの件、サヴィの件、キクシマの件など、売掛金の管理や商品の管理などがずさんであることに起因すると考えられる問題が頻繁に顕在化するようになり、売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられたので、債務者は債権者の管理職としての能力について再評価を行ったところ、債権者の職能ランク基準を3B級から4B級に降級すること、債権者を海外営業部長から外し、債権者に営業部特販担当を命じることを決めたというのであるから、本件降級処分が権利の濫用として無効であるということはできない。

(19) 平成一〇年四月から平成一一年二月までの債権者の行為について

ア 新規開拓について

(ア) 債権者の売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられたことから、従来と同様に債権者に個々の取引先を担当させることは適当ではないと判断し、平成一〇年四月以降はこれまで債権者が担当してきた取引先を他の社員に引き継がせ、債権者には新規開拓に専念させることにし、その旨を債権者に指示したというのであり、債権者の抱える問題点に照らせば、右の債務者の指示は相当というべきである。

これに対し、債権者は、右の債務者の指示は債権者の退職を強要する目的で行ったものであると主張し、平成一〇年四月以降の債務者内における債権者の机の配置などをその根拠として挙げるが、採用できない。

(イ) 債権者は本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務に格別異議を述べなかったものの、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務はこれまでの債権者の債務者に対する貢献の度合いに照らし不当であると考えていたため、平成一〇年四月以降の仕事として与えられた新規開拓を熱心に行おうとはしなかったのであり、同年七月以降は債務者代表者から具体的に店名を挙げられて新規開拓を熱心に行うよう指示されたが、必ずしも熱心に取り組んだ訳ではなく、二社を除いては見るべき成果はなかったというのであるが、その経歴を買われて平成元年一月に債務者に経営企画室長兼商品部長として入社し、その後営業統括部長、営業部長、営業一部長、海外営業部長を歴任して営業部門を統括し、債務者に少なからず貢献してきたと考えていた債権者が平成一〇年四月に至り部長から降格されこれまでの取引先もすべて取り上げられて新規開拓に専念するよう指示されたのであるから、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務が債権者に与えた屈辱感は相当なものであったと考えられ、そうであるとすると、債権者が平成一〇年四月以降新規開拓に熱心でなかったことをすべて債権者の不利益に評価すべきではないように考えられないでもない(これに対し、見るべき成果がなかったことを債権者の不利益に評価すべきであるということも考えられないではないが、債務者代表者から指示された新規開拓先はいずれも大手であり、新規開拓が容易であるとは言い難い(審尋の全趣旨)から、見るべき成果がなかったことを債権者の不利益に評価すべきではないと考えられる)。

しかし、債権者は債務者から本件降級処分及びこれに伴う職位の降格の理由について説明を受けていたのであり、また、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格の理由を成す個々の債権者の行為についてそれが問題とされる度に債務者から問題点の指摘を受けていたものと考えられるのであって、そうであるとすると、債権者は本件降級処分及びこれに伴う職位の降格をされる以前から自分の抱える問題点を認識する機会があったということになり、自分の抱える問題点に対する認識が債権者にあれば、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格が債権者に与えられた最後の機会であることは容易に認識することができたものと考えられ、そのような認識があれば、本件降級処分及びこれに伴う職位の降格並びに新規の業務が債権者に与えた屈辱感が相当なものであったにせよ、最後の機会を生かすために新規開拓に熱心に取り組むことも可能であったものと考えられるところ、債権者が新規開拓に熱心でなかったのは、そもそも債権者には右に述べたような認識が欠如しており、債権者は自分の抱える問題点を正しく認識せず、債務者から一方的に不利益な取扱いを受けているといった被害者意識しかなかったためであると考えられる。そうすると、債権者が受けた屈辱感というのも債権者が右に述べたような認識を欠いていることの表れと見られ、そうであるとすると、債権者が新規開拓に熱心でなかったことをすべて債権者の不利益に評価することは許されるというべきである。

イ 在庫販売について

(ア) 二社を除いては債権者による新規開拓に見るべき成果はなかったので、債務者は同年一〇月以降は主に海外輸入品の在庫整理を目的としてアウレア社の製品とレジ社の製品の販売を行わせることを決め、その旨を債権者に指示したというのであり、また、債務者は、その指示の際に、債権者の売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられることにかんがみ、アウレア社の製品とレジ社の製品の販売を行うに当たって販売先へのアプローチや折衝、取引開始までの商談については債権者に全権を与えるが、取引の内容が内定し、商品管理、売掛金管理が必要な、具体的な商品を扱う過程に進んだ場合には、これを他の社員に引き継ぐよう指示したというのであり、債権者の抱える問題点に照らせば、右の債務者の指示も相当というべきである。

これに対し、債権者は、右の債務者の指示は債権者の退職を強要する目的で行ったものであると主張するが、採用できない。

(イ) 債権者による販売は旧知の販売先に在庫商品を持ち込むというもので、新味のある取引方法を考案するなどといったものではなく、熱心に両者の製品の販売を行っているというわけではなかったというのであり、前記第三の一1(三)(19)ア(イ)で説示したことに照らせば、債権者が在庫販売に熱心でなかったことをすべて債権者の不利益に評価することは許されるというべきである(これに対し、見るべき成果がなかったことを債権者の不利益に評価すべきであるということも考えられないではないが、在庫販売が容易であるとは言い難い(証拠略)から、見るべき成果がなかったことを債権者の不利益に評価すべきではないと考えられる)。

(四) 右(三)で認定、説示した事実によれば、債権者は、南洋真珠の販売の件で売れ残りが出たことについて責任の一端があること、ワイ・エイチ・アイの倒産及び未回収金の発生について営業統括部長としての職責に照らし責任があると評価されたことを理由に平成四年四月一日以降3B級に降級されたのであるが、その後、平成五年のクレールの件、平成六年のタカヤジェムの件、平成八年のフルール華林の件などにおいて、債権者による売掛金の管理や商品の管理などがずさんであることに起因すると考えられる問題が徐々に顕在化するようになり、平成九年一月以降は平和堂貿易の件、丸紅の件、サイサクグループの件、テイクアップの件、サヴィの件、キクシマの件など、売掛金の管理や商品の管理などがずさんであることに起因すると考えられる問題が頻繁に顕在化するようになって、債権者の売掛金の管理能力や商品の管理能力などに問題があると考えられたので、債務者は債権者の管理職としての能力について再評価を行った上で本件降級処分及びこれに伴い職位を降格し、新規の業務を与えたが、債権者は自分の抱える問題点に深く思いを致さずに新規の業務を熱心に行わなかったというのである。以上の事実によれば、債権者の業務能力又は勤務成績は著しく不良であるというべきであり、右は本件就業規則三九条三号に該当するというべきである。

これに対し、債権者は本件解雇はいわゆる整理解雇であると主張する。確かに債務者は債権者に対し本件解雇がいわゆる整理解雇として行うものであるかのような説明をし、八丁堀労政事務所で行われた話合いにおいても債務者は債権者に対し同様の趣旨の説明を行っており、債権者から本件解雇の理由を書面で明らかにするよう求められた債務者が債権者に交付した回答書には本件解雇が本件就業規則三九条二号及び三号に該当するという記載があるが、これらの事実だけでは本件解雇が整理解雇としてされたことを認めるには足りないというべきであり、他に本件解雇が整理解雇としてされたことを認めるに足りる疎明はない。

(五) 以上によれば、本件解雇が解雇権の濫用として無効であるということはできない。

4  以上によれば、被保全権利についての疎明はないというべきである。

二  結論

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下し、申立費用については債権者に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木正紀)

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